がばいばあちゃんでお馴染み 佐賀県内 佐賀市の不動産賃貸売買物件情報 アパートマンション戸建土地 佐賀市不動産の物件情報
 | HOME | 会社概要 | 地図 | 免責事項 |  お問合せ | 個人情報について | 
佐賀 不動産 キース企画 タイトル
佐賀 不動産 キース企画ロゴ
★★会社名の由来:キーストーンとは、アーチの最上に入れる最後の石のことを言います。この大事な石がなければアーチ構造は壊れます。 キース企画のキースの名は、この大事なキーストーンの一部を頂いて命名した名前です。★★
記事の全様

 トップページへ 

国際ジャーナル (2003年10月号掲載

表 紙


記 事


国際ジャーナルの記事全様

「丁寧に、誠実に」揺ぎない姿勢で信頼に応える

「お客様の財産に直接関わる仕事だけに、誠実さを大切にして仕事に臨んでいます」と語る篠原先生。建築に関する幅広い知識を生かし、建築と土地を両面から捉えたコンサルティングで、顧客からの篤い信頼を得ている。

森川 まずは先生の歩みからお伺いしたいのですが、学業終了後に初めて就かれたご職業は何ですか?

篠原 電電公社です。そちらで、建築業務に携わり設計等を手掛け、18年ほど勤めました。「建築事務所を開き独立しよう」という夢はずっと持っていましたので実現に向け、勤務中に一級建築士の資格を取得。でも私が独立の準備に入ろうとする頃は、建築の需要は徐々に減っていましてね。他に関連した職業は何かないかと調べるうちに、土地家屋調査士に興味を持ちまして。在職中の平成7年には土地家屋調査士の資格を取得したのですが、自分の勉強と、それまで育ててくださったことへのお礼の気持ちで、2年間ほど勤務を続けていたんですよ。そして「篠原 建築・土地家屋調査士事務所」を開業した次第です。

森川 土地家屋調査士とはどういったお仕事をなさるのでしょうか。

篠原 簡単に説明しますと、たとえば家を建てる時などに、不動産に関する登記を代理人として行います。登記に必要とされる、土地や家屋に関する調査や測量、申請手続きなどを行い、その結果を、法務局に備えてある「土地及び建物登記簿」に反映させるわけです。建物を取り壊したりする時にも、1ヶ月以内に不動産の表示に関する登記をすることになります。また土地の一部を分割して売却する前に土地の分筆登記をします。分筆登記をするには隣接者の承諾が必要で、以前、隣接者の住所が分らず探し回ったこともありました。そんな探偵のような(笑)仕事をすることもあるんですよ。

森川 (笑)なるほど。司法書士のお仕事とはまた違うわけですね。

篠原 ええ。とは言っても我々土地家屋調査士は、司法書士と密接な関係にありまして。我々の登記と並行して、司法書士が所有権の保存などの権利に関する登記を行うわけですから。また、建築士とも互いに関連し合っていましてね。以前に取得した一級建築士の資格を生かして今、土地家屋調査士事務所に建築事務所を併設しています。これによりお客様にコンサルティングを行う時も、土地と建物の両面からご相談にのることができ、「かゆいところに手が届く」サービスが提供できていると自負しています。

森川 ところで、こちらの事務所は開業してどのくらいになるんですか。

篠原 平成10年に開業しましたので、今年で6年目になります。独立は長年の夢でしたから、体力または経営面で大変なことがあっても、そんなに苦労は感じませんでした。ただし、自分の経験がまだ十分でなかった土地家屋調査士の仕事に関しては、お仕事を戴く度にびくびくしていました。中でも、初めて担当した仕事のことは忘れられません。先輩に教えて頂きながら全力を尽くしたのですが、その頃の私にはとても難しくて・・・。一生懸命取り組んでいたのですが、時間がかかることを理由に途中で打ち切られてしまったんですよ。そのときの反省、悔しさをバネに、より一層勉強に力を入れるようになって、自分でも自信がつき始めたのは3年ほど経ってからでした。

森川 そのような経験が、現在まで道のりで、大きな糧となったことでしょう。では、お仕事で最も大切になさっていることは。

篠原 土地家屋調査士というのは、お客様の財産に直接関わってくる仕事。それだけに、丁寧に、きめ細やかに仕事に臨むことを大切にしています。また、お客様の経済状況やその方を取り巻く人間関係が絡んでくることもありますから、その時々の状況に応じ、お客様に決して失礼にならないように、慎重な対応を心がけています。

森川 神経をお使いになるんでしょうね。

篠原 ええ。どれだけ正確な仕事をするかは自分の腕次第ですが、人との関係は、自分のことだけを考えていてはいけませんから。できるだけお客様の気持ちを慮り、ご希望を汲み取れるよう、柔軟性を大切にしています。

森川 では、スタッフ教育で力を入れている点と言いますと?

篠原 資格を取り、開業することを目標に頑張れと励ましています。私自身は50歳というひとつの節目までは、がむしゃらに働こうと思っていますので、その間に2人くらい、一人前に育てあげたいですね。土地家屋調査士としてだけでなく、責任ある大人として、しっかりと自分の足で歩くための手助けをしたい、と思っています。

森川 では、事務所としての今後の展望をお聞かせ下さい。

篠原 今後、社会の様相や法律の改正などによって、土地家屋調査士の業界でも事務所運営は方向性が分かれてくるでしょう。できるだけ料金を下げていくか、もしくはサービスの質向上に、より一層力を入れるか――。私は、当事務所の成長を考え、今後は質の向上をとことん追及していくつもりです。基本である、「当たり前のことを当たり前に」を第一に、これまでのようなきめ細やかな対応や思いやり、それに誠実さを忘れず、一つ一つの仕事に全力をつくしていきたいですね。

森川 私も陰ながら応援させていただきます。頑張ってください!

(取材/平成157月)

名論卓説

「『当たり前のことを当たり前に、一つ一つの仕事を一生懸命に』――それが篠原先生のモットーだそう。土地の調査、測量は、お客様の財産を直接扱う仕事。だからこそ、初心を忘れず誠実さを大切にしたい、そんな思いがモットーには込められていて、仕事に対する、先生の真摯な姿勢が窺えます。また、お客様の満足を追求し、コンサルティングをじっくりと丁寧に行う、それも先生のこだわりのひとつだとか。土地家屋調査士という職務内容に不案内な私に、じっくり丁寧に説明して下さったことからも、先生がご自分のモット−を貫いているのがよく伝わってきました。お客様からの信頼が篤いというのも納得する思いです。
『この仕事を始めた時は、仕事に対して自信がなく、先輩に教えられながら毎日ガチガチに緊張していました。でも、一度お客様のご要望に応えられない経験をしてからは、がむしゃらに勉強しましてね。今ではお客様への細やかな気配りもでき、サービスの質も向上したと自負しています』先生はそう語り、『先輩達はもちろんのこと、お客様が私を育ててくださった、と実感しています』と、感謝の気持ちを述べられました。周囲に感謝し、常に自己研鑽し続ける――その姿勢こそが、お客様の信頼を築き上げたのでしょうね。今後も益々のご活躍を期待しています!」
(森川正太氏・談)


 このページのトップページへ 

機関誌 LEOPARES OWNER'S CLUB (2007年7月号掲載

表 紙


記 事


機関誌 LEOPARES OWNER'S CLUBの記事全様

建築士と土地家屋調査士の資格を取得して開業

佐賀城本丸歴史館ほど近くに「篠原 建築・土地家屋調査士事務所」を開かれている篠原司様。一級建築士と土地家屋調査士の資格を擁することから、土地と建物の両面から提案できることが強みだと話されます。「小さい頃から図画工作だけは誉められていたんですよ(笑)。中学3年生の進路決定時、小学校の先生から言われた一言を思い出しました。“君は物を作るのが得意だね”と。それで高校は建築科へ。今思うと、人生のターニングポイントでした」
 その後電電公社に就職し、建築畑を18年間勤められたとか。景気の良さもあり、億単位の仕事を任されやりがいはあったという一方で、独立の夢はずっと胸に抱き続けてきたのだそうです。
「あと2年働いたら企業年金がもらえる、と引きとめられたのですが、迷いなく36歳で独立しました。在職中に一級建築士と土地家屋調査士の資格をとっており、着々と夢の現実に向けて歩を進めていたんです」
 景気に左右されやすい建築士の資格だけでなく、土地家屋調査士の資格も取得してからの独立というあたり、さすが先見の明ですね。

信頼関係を基軸に

 独立されて10年になりますが、事業は順調。篠原様の仕事の掟は常に「人との信頼関係を大切にする」ところにあるといわれます。
「境界の調査をする際は必ず隣家との立会いをお願いをするのですが、立会いの方と話している内に信頼されて次の依頼者になってくださることも。そういう人と人との間で仕事がつながっていくときは嬉しいですね」
「引退した後は、20代から書き溜めてきた文章を1冊の本にまとめたいな」と遠い老後の生活も楽しみにお待ちのご様子。まだまだ遠いその日までは、「がむしゃらに働きます!」と目を輝かせていらっしゃいました。


 このページのトップページへ 

機関誌 Class L (2008年11・12月号掲載

表 紙


記 事


機関誌 Class Lの記事全様 

地名が物語る交易文化 風光明媚な海岸線が歴史浪漫を今に伝える

 遣唐使の時代、唐へ向かうための津(港)として機能していたことから名付けられた、唐津という地名。魏志倭人伝に「末盧国」と記されるなど、遥か昔からの大陸との交易が盛んだった都市です。

 篠原司様がお住まいの厳木(きゅうらぎ)は、市の最南端に位置する山間部の町。「海からは遠いエリヤに住んでいますが、それでも海岸線の景色の美しさは地元の誇りですね」と、篠原様。唐津城、七ツ釜など、観光名所には事欠かない唐津ですが、最もお気に入りのスポットは、松浦佐用姫を祀る「佐用姫神社」。新羅征伐に発つ大伴狭出彦との別れを悲嘆し、悲しみのあまり石になったという佐代用姫の伝説ですが、「狭出彦が船出前に滞在したのは現在の厳木町の篠原長者の館で、佐代用姫は篠原長者の娘だと伝えられているんですよ」。篠原様をはじめ厳木に住む篠原姓の方たちは皆、佐代用姫に格別な思い入れがあるそうです。


 このページのトップページへ 

開校記念講話 プログラムと感謝状 (2005年5月号掲載



 このページのトップページへ 

Copyright (C) All rights Reserved by 株式会社キース企画